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仙台高等裁判所秋田支部 昭和58年(ラ)6号 決定

抗告人(債権者)

佐藤正一

右代理人

廣嶋清則

相手方(債務者)

保坂兼吉

主文

原決定を取り消す。

相手方(債務者)の本件保全処分の申立を却下する。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。」との裁判を求めるというのであり、その抗告の理由は別紙記載のとおりである。

二よつて審按するに、一件記録によれば、相手方(債務者)は昭和五八年二月一五日、秋田地方裁判所に支払不能を原因として破産(いわゆる自己破産)を申し立てた後、本件保全処分の申立をしたところ、原裁判所は右申立を容れ、破産宣告前の保全処分として、「債権者(すなわち抗告人)は債務者(すなわち相手方)に対し、秋田地方法務局所属公証人鍋倉寛治作成昭和五八年度第六四八号、同第六四九号の各金銭消費貸借契約公正証書に基づく強制執行の申立をしてはならない。」旨の決定をしたものであることが明らかである。

三思うに破産法第一五五条に基づく破産宣告前の保全処分は、将来破産宣告がなされる際における破産財団に属すべき債務者所有の財産の散逸、毀損、滅失、価値の減少等を防止し、以つて破産財団を確保する目的のためになされる破産手続の内部における処分であるから、本来債務者の作為、不作為をその対象とすべきものであるが、しかし、法文上保全処分の対象者が債務者に限定されているものでもなく、保全処分の内容としても、「破産財団に関し、仮差押、仮処分その他必要なる保全処分を命ずることを得」る旨規定されているのであるから、右目的を達するに必要な場合においては、第三者に不当の損害を及ぼすものでない限り、必要かつ相当な限度で第三者に対しても一定の作為、不作為を命ずることができるものと解するのが相当である。

ところで本件保全処分は、本件破産を申立てた債務者の特定の債権者である抗告人に対し、その有する公正証書に基づく強制執行を事前に禁止することをもつてその内容とするものであるから、右保全処分が発せられることにより抗告人(債権者)は相手方(債務者)の一般財産、すなわち将来破産財団となるべき財産に対し他の債権者に先立つて強制執行をなし、自己の債権の満足を図ることが阻止される結果、一見相手方(債務者)の右財産が保全され、総債権者の利益に役立つかの如くであるけれども、しかしいまもし、かかる保全処分を認めるとすれば、相手方(債務者)は、他の適当な財産保全の措置のとられない限り、破産宣告時に至るまでその財産を任意に処分することができるのであるから、財産散逸の危険性なしとせず、かえつて破産財団の確保というその目的に副わない結果をもたらすことになり兼ねないものであるのみならず、本件のような公正証書に基づく金銭債権の執行は、相手方(債務者)の財産に対する差押とこれに続く換価、取立、転付等の手続がとられてはじめてその満足が図られるのであるから、抗告人(債権者)からの公正証書に基づく強制執行を許し、その執行が開始されて債務者の財産に対する差押がなされたとしてもそのことは直ちに総債権者の利益を侵害することにはならないものであり、むしろ抗告人(債権者)からの強制執行を認めて相手方(債務者)の財産を差押えさせ、しかる後、じ後の換価、取立、転付等の段階においてその停止をなすことが破産財団確保という所期の目的を達することとなるのであるから、抗告人(債権者)の事前の強制執行の禁止を求める相手方(債務者)の本件申立はその必要性を欠くものといわなければならない。

四よつて相手方(債務者)の本件保全処分の申立を認容した原決定は相当でないからこれを取消したうえ、本件保全処分の申立を却下することとし、主文のとおり決定する。

(伊藤和男 武藤冬士己 武田多喜子)

抗告の理由

一 債権者(抗告人。以下省略)は、債務者(相手方。以下省略)に対する債務名義として原決定の表示記載の公正証書を有し、同公正証書にもとづき債務者の給料債権の四分の一の差押・取立を行うべく準備中のものであつた。

ところが、原裁判所が破産法第一五五条にもとづく保全処分として右公正証書にもとづく強制執行の一切を禁ずる旨の原決定をなしたため、債権者の右差押・取立も当然に禁止されるところとなつた。

二しかしながら、少くとも給料債権の四分の一に関しては右原決定に次のような違法がある。

(一) すなわち、破産法第一五五条は破産財団の散逸防止のために定められた規定であるから、同規定にもとづいて保全処分をなした原裁判所は当然給料債権の四分の一も破産財団を構成するとの立場をとるものである。

しかし、破産財団を構成すべき財産とは、破産宣告時に債務者に所属する財産をいうものであつて、未だ右宣告のなされていない(債務者の審尋期日さえも指定されていない)時点での給料債権の四分の一を破産財団に属するものとすることは無理である。もし破産財団に属するとの立場をとるとすれば、宣告前の給料を債務者がすべて費消した場合(ほとんどの場合そうであろう)、そのうちの四分の一に相当する部分が否認権行使の対象となり得ることともなりかねない。その場合、いつの時点からの給料が否認権の対象となるものか、また、その具体的行使方法(その相手方、対象となる行為の特定等)はいかなるものか、極めて困難な問題を生ずる。

(二) 仮に、給料債権の四分の一が破産財団に属するものとの立場をとつたとしても、原裁判所のなした保全処分によつては、破産法第一五五条の定められた趣旨に反する結果となることは明らかである。すなわち、右規定は、前記のとおり破産財団の散逸を防止するために設けられたものであるが、ところが、原裁判所は単に債権者の差押・取立を禁止するのみで、債務者がこれを取立て、費消することはなんら禁じていない。債務者がこれを取立てた場合、費消してしまうことは明らかであつて、とすれば、原裁判所は破産財団の散逸を防止せんとして、結果的にはその散逸を促していることとなる。しかも、正当な取立権限を有する債権者の犠牲においてである。右法の趣旨を実現せんとすれば職権により、債務者の給料債権の四分の一の仮差押等の保全処分をなすべきであつて、そうしなければ片手落ちである。

(三) 以上の次第で原決定は違法のものと思料されるが、実務上も債務者以外の第三者に対し、その意に反して行為・不行為を命ずる保全処分を発していない旨の記述もみられるので(書記官研修所教材注釈破産事件記録三訂版六一頁)、右決定を速やかに取消されたく本申立をする。

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